日能研 6年 後期について
さてさて今回は後期になります。
不穏な空気になり始めたのは夏休み明け一発目からだった。
後期はもういつもの学習力育成テストではなく、合格力育成テストという名前になり、一段と難しいテストになります。
マイニチノウケンにはメダルが表示されるようになり、評価は表示されなくなる。
いい順位をとれば金色、そこそこなら銀色、普通なら普通の色というような感じで表示されるようになった。
もう表示されなくなってしまったので、画像は割愛。
そしてしょっぱな息子は1000位超えという偏差値72の開成を目指すにはあまりにもあれな順位をたたきだし、そこからどどどっと「難易度普通」の問題が取れなくなっていった。
(あ、6年入ったころくらいまでは千葉にある共学校が第一志望だったんだけど、友達に影響されたのかいつの間にか志望校が最難関に変わっていたのだよね。笑)
公開模試の結果もこんなかんじで、どしたの!?というような偏差値のオンパレードになってしまい、年間平均をぐっと下げた原因となてしまった。
後期の公開模試の結果どーん。
加えて学校別トライアルもこのままじゃやばいぞというような順位。
NNも合格まであと40点とか、もう手も届かないんじゃないかとおもうような順位。
サピックスオープン(学校別)も合格率40%とかで(このあたりの息子の成績からしたらだいぶ健闘したけど)、もはやあきらめの領地に。
がしかし、合格力実践テストという、超難関校を目指す子向けの難しいテストだけはいつも通りよりかは少し悪めくらいに収まっていた。(悪くても300位とか)
あと過去問。過去問は取れてたの。
開成こそ初回はとれなかったけれど、だんだんと点数はあがっていったし、ずっと合格者平均も超えられていた。
ほかの学校は最初から合格最高点近くを取れていた。
あ、この子はもう公開模試取れなくなったんだってあきらめたんだよね。
だってやることやってるのに、成績落ちていくんだから仕方ないじゃない。
受け入れるしかないよ。受け入れてできることをあきらめずに最後までやっていこう。
やっぱり本部系のぬるま湯でやってたんじゃだめなのかな。
NN行かなきゃダメなのかな。
と思っているところでNNの先生からの猛プッシュ電話。熱い保護者会。
でも面談では「NNにはいかないほうがいい」「NNに行ってうまくいったという人をみたことがない」と担任の先生にいわれ
(だったらもっと成績あげてよ。不安だからみんな熱くて面倒見のよさそうなNNに流されちゃうんじゃん)
なんて思いながらも(3年9月からずっと面倒みてくれていたしな。)とどこか先生の言葉を消すことは最後までできなかった。
そのため日曜の特訓も引き続き日能研を続けたしもちろん授業も全部でた。
冬期講習もお正月も全部日能研にお任せコースにすることにした。
9月は過去問:演習=8:2
11月は過去問:演習=6:4
12月。そろそろアウトプット(過去問)9割にしていこうと思っていた時期。
過去問は第一志望の開成をメインに、たまに第二希望以下の学校も入れながらやっていた。
冬期講習もおわりいよいよ総仕上げの時期に。
塾のない日もアウトプットしないと間に合わないかもと思ったためNNのそっくり5本勝負を申し込んでこちらにも参加することにした。(あくまで日能研に影響が及ばないように、塾のない日での参加)
平日は学校に普通に行き、塾のない日に終わっていない過去問を進めたりしていた。
千葉受験の前、そっくり5本勝負の振替の日程が普通の平日だったためその日は学校をお休みした。
あ、もうこの時は埼玉受験始まってたね。
日能研には「新たな過去問をやるのはやめて、復習メインに」など言われていたが、うちはまだやりたかったことが終わっていなかったため引き続きやりたかったことを進めた。
ギリギリまで、入試も活用しつつ、できない問題をできるようにしたかった。
具体的には
第1志望過去問:10年
第2志望以下過去問:3年
第5希望以下過去問:1年
これとNNそっくりテストを受けられればと思っていたが、途中から息子が「俺は速さと立体図形をなんとかしないとだめだ」といったため、この単元の冬期講習テキスト全問題のやり直し、さらにNNの直前zoom講座(1/31)の速さと立体図形もきちんとやりきった。
また理科はNNにもらった「これカン」。苦手意識のあった社会は12月中にメモチェ全問題(計3周目だったけど)とNNにもらった「これカン」をやり切った。
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受験が終わったのでオンライン英会話再開しました。


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